山口県北部 萩エリア

中原 國輔 Nakahara Kunisuke

梅花皮釉、休雪白の茶碗を
自己表現の源にした一生もの


生年月日1948年9月15日
出身地山口県萩市
所属拓青美術協会会員
萩陶芸家協会正会員
窯元名國輔窯
開窯年1976年
所在地〒758-0011 山口県萩市椎原一区(Googleマップ
電 話0838-22-9734
交 通東光寺より西へ80m
駐車場3台
展示場


 京都でプロボウラーを目指していたがブームが過ぎて陶芸にトラバーユしたという異色作家。知人の勧めで茶道家に茶碗を販売していた。そこで見た井戸茶碗の梅花皮に魅せられ、「自分で作りたくなった」と自称「体育会系」らしく、きっぱりとこの道を選びました。はじめは友人と砂の量、土の配合や釉薬の調合を話し合いながら試行錯誤を重ねます。「萩は茶碗と思います」と言い切る目標は、梅花皮釉と休雪白の茶碗。「自然に出たというより、それが出るような釉を作ること。そこに自己表現の源がある」。釉薬をかけるタイミング、素焼きの温度など、いろいろ苦心しながらも作陶に明け暮れる毎日でした。
 「物まねからはいったので、失敗の繰り返しでしたが、若さの勢いというのですか、ほろ苦くも楽しい思い出です」と懐旧。そして、現在は「七十を過ぎなければいいものはできない」という心境に達し、その経験が今に生かされているようです。
 日用の食器、壺、花器などを作るかたわら、やはり茶碗への執着は人一倍。昔の焼物を見ては、研究に余念がありません。「端正な形、作為のないおおらかさ、やわらかな容姿に立ち上がりの力強さ、それぞれに学ぶものがあります。だから名物井戸は、何百年も残っているのでしょうね」
 お気に入りの言葉は「今日の自分に、明日は勝つ」。日々の精進で、いつか茶碗をものにしてやろうとの強い意志と思いきや、「体育会系のわたしにはぴったりでしょう」と、十五年間、バレーボールのスポーツ少年団を指導し、週に三日はボウリング場に通うとか。「作陶は一生の勉強」と求道的な面を見せながらも、自分の人生をしっかりと楽しむ人柄に好感が持てます。